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松江地方裁判所 昭和34年(わ)13号 判決

被告人 北川大造

大一四・四・五生 新聞外交員

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

但し、本裁判確定の日から四年間、右刑の執行を猶予する。

右猶予期間中、被告人を保護観察に付する。

被告人から金一、三九〇円を追徴する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、島根県立松江工業学校を卒業後、島根貨物自動車会社、次で、叔父の経営する大平電気工業所で働き、太平洋戦争末期頃、現役兵召集により、陸軍に入隊して、朝鮮で軍務に服し、終戦後、復員してから、再び右大平電気工業所で働くようになつたが、昭和二五年五月頃、同工業所の経営が全く不振に陥つたので、同年七月から、松江地方裁判所執行吏たる父北川雅夫が松江市母衣町に設置している執行吏役場に勤務するようになり、その後、昭和二七年二月中、執行吏代理の認可を受け、爾来、昭和三四年二月中、解任されるに至るまで、右執行吏北川雅夫の執行吏代理として、訴訟書類の送達の外、有体動産の差押及び競売、売得金及び弁済金の受領、保管及び配当等、法令に基く一切の職務に従事していた者であるが、被告人としては、元来、法律知識に乏しい上に、近来、父雅夫が病弱となつて、被告人に対する指導監督も不十分となり、被告人の執行吏代理としての事務処理の態度は、次第に誠実味を欠き、而かも、父雅夫の病気治療のための入院とか、弟公之介の数多不行跡の後始末等の関係で、多額の費用の捻出に迫られ、生活費にさえ窮するようになつた挙句、遂には、保管中の公金を以て、擅に、これを流用する等、事務処理の状況は、乱脈を極めるに至り、殊に、かねてから、右執行吏役場に出入していた岡田博、岡田宏之、渡部保雄、金築重久等の連中は、主としていわゆる焦げつき債権や、他人間の紛争を捜し求め、家屋明渡、債権取立等他人間の紛争に介入して、関係者の弱味と法的無知につけこみ、些細なことに因縁をつけて、多額の金品を喝取することを常習としている徒輩であるが、同人等が執行吏を利用し、法の執行に藉口して、右の如き不正の利益を得んがため、債権者代理人とか、競売立会人等の名目で、差押、競売等の手続に参加し得る機会を求めて頻繁に右執行吏役場に出入するうち、右連中と眤懇の間柄となつた被告人は、同人等と提携して、その横行を黙認するに止まらず、これに対し、不法に、各種の便宜を与え、被告人の弱点を握つた同人等により、その活動のため、被告人の執行吏代理としての地位を利用されるに至つたものであるところ、

第一、(一) 昭和三〇年一一月一九日、債権者たる浦和市仲町二丁目一四一番地ピースミシン製造株式会社破産管財人古山貞三より債務者たる益田市大字上吉田二二八番地橋本涼所有の有体動産に対する強制執行の委任を受け、(昭和三〇年第四一三号差押事件)執行費用の予納金として金三、〇〇〇円を預つた上、その頃、右橋本方において、差押手続を実施したが、翌昭和三一年一月二三日頃から、同年一二月下旬頃までの間、前後一二回にわたり債務者たる右橋本から、分割弁済金として、現金合計六〇、〇〇〇円を受領し、前示業務上保管中、これを債権者に引渡さない儘、その頃、松江市において、擅に、自己の生活費等に充てるべく着服し、以て、執行費用等執行吏として支払を受くべき金額を控除した残額金五三、五八〇円につき、これを横領し、

(二)、昭和三二年三月五日、債権者たる八束郡玉湯町大字布志名五九〇番地原田一子の法定代理人親権者母原田静子より、債務者たる邑智郡川本町大字谷戸五三二番地捻原宅一所有の有体動産に対する強制執行の委任を受け、(昭和三二年第五〇号差押事件)執行費用の予納金として、金三、二〇〇円を預つた上、その頃、右捻原方において、差押手続を実施したが、同年四月九日頃から同年一〇月中旬頃までの間、前後七回にわたり、債務者たる右捻原から、分割弁済金として、現金合計二〇、〇〇〇円を受領し、前示業務上保管中前後三回にわたり、そのうち合計八、〇〇〇円のみを債権者に引渡し、残余は、これを引渡さない儘、その頃、松江市において、擅に、自己の生活費等に充てるべく着服し、以て、前記同様控除した残額金一二、〇二八円につき、これを横領し、

(三)、同年五月三〇日、債権者たる米子市角盤町三丁目九一番地阿川清より、債務者たる松江市寺町人参方九九番地大槻作次所有の有体動産に対する強制執行の委任を受け、(昭和三二年第一五三号差押事件)その頃、右大槻方において、差押手続を実施したが、同年六月下旬頃から翌昭和三三年一二月末日頃までの間、前後一八回にわたり、債務者たる右大槻から、分割弁済金又は執行費用として、現金合計五六、四六〇円を受領し、前示業務上保管中、これを債権者に引渡さない儘、その頃、松江市において、擅に、自己の生活費等に充てるべく着服し、以て、前記同様控除した残額金五四、〇〇〇円につき、これを横領し、

(四)、昭和三二年八月二八日、債権者たる島根県経済農業協同組合連合会(会長安部厚、以下経済連と略称する)より、次で、翌昭和三三年一月一八日、債権者たる安来市安来町一、八九二番地株式会社山形屋商店(代表取締役渡部圭)より、いずれも債務者たる安来市安来町一、三三八番地松田捨市所有の有体動産に対する強制執行の委任を受け、(昭和三二年第二六七、第二六八号及び昭和三三年第一一号各差押事件執行費用の予納金として、経済連より金一、二〇〇円、山形屋より金一、〇〇〇円を預つた上、その頃、右松田方において、差押手続を実施し、昭和三三年三月七日実施せる競売の際、競落人小笹熊市より売得金一一、〇〇〇円を、次で、同月二五日実施せる競売の際、競落人たる前記渡部保雄より売得金二八、〇〇〇円をそれぞれ受領し、いずれも前示業務上保管中、これを債権者に引渡さない儘、その頃、松江市において、擅に、自己の生活費等に充てるべく着服し、以て、前記同様控除した残額金三六、〇〇〇円につき、これを横領し、

(五)、昭和三三年一月二〇日、債権者たる能義郡広瀬町西谷七〇七番地秀衡豊より、債務者たる安来市安来町一、九七〇番地川津薫明所有の有体動産に対する強制執行の委任を受け、(昭和三三年第一八号差押事件)執行費用の予納金として、金七〇〇円を預つた上、その頃、右川津方において、差押手続を実施し、同年六月二日実施せる競売の際、競落人たる前記岡田博より売得金一〇、〇〇〇円を受領し、前示業務上保管中、これを債権者に引渡さない儘、その頃松江市において、擅に、自己の生活費等に充てるべく着服し、以て、前記同様控除した残額金九、五五〇円につき、これを横領し、

(六)、同年七月五日、債権者たる平田市平田町九五一番地の三大井綾子より、債務者たる八束郡宍道町大字白石一、七五五番地の一大成清美所有の有体動産に対する強制執行の委任を受け、(昭和三三年第二八〇号差押事件)執行費用の予納金として金七〇〇円を預つた上、その頃、右大成方において、差押手続を実施したが、同月中旬頃、前後二回にわたり、債務者たる右大成の代理人から、分割弁済金として、現金合計一二、〇〇〇円を受領し、前示業務上保管中、前後二回にわたり、そのうち合計四、五〇〇円のみを債権者の代理人たる前記金築重久に引渡し、残余は、これを引渡さない儘、その頃、松江市において、擅に、自己の生活費等に充てるべく着服し、以て、前記同様控除した残額金七、六三八円につき、これを横領し、

(七)、同年三月一七日、債権者たる米子市明治町株式会社永瀬石油店(代表取締役永瀬義春)より、債務者たる仁多郡仁多町大字三成村四三五番地の一松崎林造所有の有体動産に対する強制執行の委任を受け、(昭和三三年第九一号差押事件)執行費用の予納金として、金一、〇〇〇円を預つた上、その頃、右松崎方において差押手続を実施し、同年一〇月一〇日実施せる競売の際、競落人たる前記金築重久より売得金五、〇〇〇円を受領し、前示業務上保管中、これを債権者に引渡さない儘、その頃、松江市において、擅に、自己の生活費等に充てるべく着服し、以て、前記同様控除した残額金二、二六六円につき、これを横領し、

(八)、昭和三二年二月七日、債権者たる米子市万能町七〇番地信興金融有限会社(代表取締役駿河武三、以下信興金融と略称する)より、次で、翌昭和三三年八月二六日、債権者たる松江市雑賀本町七六番地神田義居より、いずれも債務者たる松江市浜乃木町九八二番地福島克已外二名所有の有体動産に対する強制執行の委任を受け、(昭和三二年第四六号及び昭和三三年第三七七、第三七八号各差押事件)執行費用の予納金として、信興金融より一、二〇〇円、神田より八〇〇円を預つた上、その頃、右福島方において各差押手続を実施し、昭和三三年一一月一〇日実施せる競売の際、競落人青山定次郎より売得金一六、八〇〇円を受領し、前示業務上保管中、これを債権者に引渡さない儘、その頃、松江市において、擅に、自己の生活費等に充てるべく着服し、以て、前記同様控除した残額金一六、〇五八円につき、これを横領し、

第二、(一) 昭和三二年一二月六日、債権者たる出雲市今市町七九五番地有限会社飯塚紙店(代表取締役飯塚浩一)より債務者たる浜田市朝日町一、二三五番地古谷守雄所有の有体動産に対する強制執行の委任を受け、(昭和三二年第四八八号差押事件)その頃、右古谷方において、差押手続を実施し、同月一四日、同所において、競売を行つた際、該競売手続に参加せる前記渡部保雄、岡田博、岡田宏之等の要望に基き、同人等の便宜のため、差押にかゝる二一品目の物件全部につき、これを一括して、その価格を呼び上げ、これを糶つて競売するいわゆる一括競売の方式によつて、右渡部保雄に金七〇、〇〇〇円でこれを競落させたにも拘らず、執行吏役場に備付の執行記録上は、恰も、個別競売の方式によつたかの如く装わんがため、先ず、その場で、当日の競売調書の本文に所要事項の記載をなし、これに執行吏代理としての署名及び押印をなした上、次で、その頃、松江市母衣町一七九番地なる肩書住居宅において、黒インキ入り万年筆を使用し、右競売調書本文と一体をなすべき競売物件目録用紙に、前記二一品目の物件全部につき、番号、競売物件、員数、見積代価の各欄に所要事項の記載をなした外最高競売価格及び最高競買人の各欄二一個所に、擅に、「一二―」「渡部保雄」等と、各物件毎に最高競売価格及び最高競買人を決定したかの如き記載をなし、これを右競売調書の別紙として、本文の末尾に添附し、

(二) 昭和三三年四月七日、他から債権を譲受けて、債権者となつた前記岡田博より、債務者たる大原郡木次町大字寺領一、〇一九番地の五佐藤恒吉所有の有体動産に対する強制執行の委任を受け、(昭和三三年第一四四号差押事件)その頃、右佐藤方において、差押手続を実施し、同月一五日、同所において、競売を行つた際、該競売手続に参加せる前記渡部保雄、金築重久等の要望に基き、同人等の便宜のため、差押にかかる二〇品目の物件全部につき、一括競売の方式によつて、右渡部保雄に金三〇、〇〇〇円でこれを競落させたにも拘らず、前記同様、先ず、その場で、執行吏代理としての署名、押印のある競売調書本文を作成した上、その頃、前記自宅において前記同様、競売物件目録用紙に、前記二〇品目の物件全部につき、最高競売価格及び最高競買人の各欄二〇個所に、擅に、「一五―」「渡部保雄」等と、各物件毎に最高競売価格及び最高競買人を決定したかの如き記載をなし、これを右競売調書の別紙として、本文の末尾に添付し、

(三) 同年五月一日、債権者たる松江市朝日町永見金属株式会社(代表取締役大野俊夫)より、債務者たる益田市大字益田ロ一、七九七番地一合資会社石西鉄工所(代表社員石川勝利)及び同市同大字ロ二、二二八番地八石川勝利各所有の有体動産に対する強制執行の委任を受け、(昭和三三年第一八〇、第一八一号各差押事件)その頃、右石西鉄工所及び石川方において、各差押手続を実施し、同月一七日、右二箇所において、競売を行つた際、該競売手続に参加せる前記岡田博、岡田宏之等の要望に基き、同人等の便宜のため、いずれも一括競売の方式によつて、差押にかゝる石西鉄工所の二〇品目の物件全部を右岡田宏之に金一〇〇、〇〇〇円で、石川の一五品目の物件全部を右岡田博に金七、〇〇〇円でそれぞれこれを競落させたにも拘らず、前記同様、先ず、各現場において、執行代理としての署名、押印のある競売調書本文を作成した上、次で、その頃、松江市母衣町なる前記執行吏役場において、前記同様、各競売物件目録用紙に、擅に、(1)石西鉄工所の分については、前記二〇品目の物件全部につき、最高競売価格及び最高競買人の各欄二〇個所に「二〇―」「岡田宏之」等と、(2)石川の分については、前記一五品目の物件全部につき、最高競売価格及び最高競買人の各欄一五個所に「二―」「岡田博」等と、それぞれ各物件毎に最高競売価格及び最高競買人を決定したかの如き記載をなし、これを右各競売調書の別紙として、本文の末尾に添附し、

(四) 同年七月七日、債権者たる出雲市今市町宇田友次郎より、債務者たる同市塩冶町一、五四六番地原邦吉所有の有体動産に対する強制執行の委任を受け、(昭和三三年第二八二号差押事件)その頃、右原方において、差押手続を実施し、同年八月七日、同所において、競売を行つた際、該競売手続に参加せる前記岡田博、岡田宏之、金築重久等の要望に基き、同人等の便宜のため、差押にかかる一三八品目の物件全部につき、一括競売の方式によつて、右岡田博に金六五、〇〇〇円で、これを競落させたにも拘らず、前記同様、先ず、その場で、執行吏代理としての署名、押印のある競売調書本文を作成した上、その頃、前記執行吏役場において、情を知らない事務員野津房子に補助せしめて、前記同様、競売物件目録用紙に、前記一三八品目の物件全部につき、最高競売価格及び最高競買人の各欄一三八個所に、擅に、「二五―」「岡田博」等と、各物件毎に最高競売価格及び最高競買人を決定したかの如き記載をなし、これを右競売調書の別紙として、本文の末尾に添附し、

以て、その都度、行使の目的を以て、被告人の執行吏代理としての署名、押印のある内容虚偽の競売調書を作成し、

第三、(一)、同年七月一八日頃、債権者たる平田市東郷町七一一番地西尾定蔵、債務者たる同市奥宇賀町小林久吉間の有体動産仮差押事件につき、これが執行のため、右西尾の代理人たる前記金築重久、立会人たる前記岡田博等と共に、現場たる右小林方に赴いたが、右執行が示談交渉等のため、夕刻近くまでかかつたので、帰途一休みせんとて、同市平田町末広町浜村安友方に立寄つた際、同所階下三畳間において、西尾より右岡田博を介し、右執行に対する謝礼並びに将来債権取立に関し、有利な取扱を受けるべく、その報酬として、現金一、〇〇〇円を提供されるや、その情を知りながら、これが交付を受け、

(二)、同年九月一二日頃、債権者島根新菱自動車株式会社、債務者三浦泰郎間及び債権者三福製菓株式会社、債務者池野広信間各有体動産差押事件につき、競売手続を実施せんがため、これに参加せんとする前記岡田博、岡田宏之、金築重久等と共に、益田市及び浜田市地方に赴いた際、これに参加せる右岡田博としては、右各競売手続において、同人等によつて、独占的に競落するを得、且、同人等が暴力類似の振舞に及んで債務者に対し、多額の代金を以て、競落物件の買戻方強要した際も、被告人において、これを黙認する等、有利な取扱を受けたのみならず、従前から、同人等の債権者代理人としての執行委任については、執行費用の予納をなさしめることなく、又、執行吏役場外での執行委任をも受理する等各種便宜な取扱を受けていたところから、右岡田博より、その謝礼並びに将来共有利な取扱を受けるべく、その報酬として、(1)同日、益田市国鉄石見益田駅において、同駅より国鉄松江駅までの三等片道乗車券一枚(時価三九〇円相当)を提供されるや、その情を知りながら、これが交付を受け、(2)次で、同日、浜田市大字黒川三三番地津田屋旅館こと小川小夜子方で、岡田博の負担において、同人等と共に投宿方慫慂されるや、その情を知りながら、これを承諾し、よつて、宿泊料、飲食代金等約一、〇〇〇円相当の饗応を受け、以て、その都度、前示職務に関し、賄賂を収受し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為中、第一の(一)乃至(八)の各点は、いずれも刑法第二五三条に、第二の(一)乃至(四)の各点は、いずれも同法第一五六条、第一五五条第一項に、第三の(一)及び(二)の各点は、いずれも同法第一九七条第一項前段に各該当するところ、以上は、同法第四五条前段併合罪の関係に在るから、同法第四七条、第一〇条に則り、犯情が最も重いと認めるべき判示第二の(三)の虚偽有印公文書作成の罪の刑に法定の加重をなした刑期範囲内で被告人を懲役一年六月に処する。ところで、本件各犯行について、その情状を考察するに、被告人が判示冒頭記載の如き事情の下に、被告人の執行吏代理人としての事務処理の状況が乱脈を極め、遂には、本件各犯行に及んだことは、単に、執行事件関係人等の権利を侵害したというに止らず、著しく国家の信用を傷つけるに至つたものであることは、言を俟たず、その責任は洵に重大であるといわなければならない。唯、本件犯罪が発生するに至つた原因について考えるに、被告人としては、元来、法律知識が乏しかつたこと、近来父雅夫が病弱となつて、被告人に対する指導、監督も不十分となつたこと、父雅夫の病気治療のための入院とか、弟公之介の数多不行跡の後始末等の関係で、多額の費用の捻出に迫られ、生活費にさえ窮するようになつたこと等も重要な原因であることは、判示冒頭記載のとおりである。而して、被告人が焦慮していた折柄、被告人の弱点を握つた前記岡田博等の連中により、その活動のため、被告人の執行吏代理としての地位を利用されるに至つたものであるが、かかる不正が容易に発生し得ることにつき、現行執行吏制度の不備、欠点が必ずしも無関係であるとはなし難いというべく、されば、本件において、被告人一人のみの責に帰するのは酷に失する嫌なしとしない。被告人及び父雅夫は、既に、いずれもその地位を退いているが、幸にして、本件横領金額合計一九一、一三〇円の外、他の未処理事件につき、保管金等の清算という趣旨をも含め、被告人及び父雅夫の努力により、既に、後任執行吏に、弁償として、現金三六一、三一二円が引渡されており、その他、被告人には、これ迄前科、起訴猶予処分等なく、改悛の情顕著なるものが認められる。以上諸般の事情を考慮するときは、被告人に対し、直ちに実刑を以て臨むよりは、むしろ相当期間刑の執行を猶予して、深く反省の機会を与えるのが相当であると考えられる。よつて、同法第二五条第一項第一号によつて本裁判確定の日から四年間、右刑の執行を猶予し、同法第二五条の二第一項前段を適用して、右猶予期間中、被告人を保護観察に附することとする。次に、被告人の収受した賄賂のうち、判示第三の(一)の現金一、〇〇〇円及び同(二)の(1)の乗車券は、同法第一九七条の五前段によつて、没収すべきものであるところ、これを没収することができないから、同法条後段により、その価額合計金一、三九〇円を被告人から追徴すべく、なお、被告人は、貧困のため、訴訟費用を納付することのできないことが明らかであるから、刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用し、被告人に対し、これが負担を命じない。よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 組原政男 栄枝清一郎 吉田宏)

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